吉井和哉さん結婚のニュースを受けて、元妻が誰なのかとネットで話題になっています。

そこで、吉井さんの元嫁についてまとめておきます。

吉井和哉の元妻はどんな人なのか…

まず、吉井和哉さんの元妻は一般人(A子さん)であり、女性セブンの記者によるとスレンダーで小麦色の肌が特徴的だとのことです。A子さんと吉井さんは、吉井さんが1992年にロックバンドTHE YELLOW MONKEYとしてメジャーデビューしたのとほぼ同時期に結婚しています。

デビュー直後の吉井さんの月収はわずか10万円ほどであり、A子さんは売れない時代の夫を献身的に支えてきました。最初のお子さんが生まれたのは、結婚から2年後の1994年に3rdアルバム『jaguar hard pain 1944〜1994』をリリースしたときであり、吉井さんも出産に立ち会い、元気な女の子が誕生しています。

吉井さんは、長女が誕生したときについて、2007年に出版された自伝で以下のように語っています。

最初の子供が生まれた時は、俺、24時間、
出産に立ち会って、ずーっと背中さすってたんですよ。
「ねむぅ~」と思って。
夜の10時台に生まれたんですよ、妻に陣痛がきて。
「やっと生まれたぁ!」と思って。
まあちょうど忙しい時でもあったんですけどね。

出典:失われた愛を求めて―吉井和哉自伝

また、この自伝からは吉井さんが子煩悩であったことも伺えます。

いやもう、全部やりましたよ!
全部つったら変だけど……
ミルクやって、おしめ取っ替えて。
うん、かわいかったですねえ。

子供は好きですね。
特に赤ちゃんは好きですねえ。

出典:失われた愛を求めて―吉井和哉自伝

その後、吉井さんと奥様は3人の娘と1人の息子に恵まれ、2007年には山梨県に大豪邸を建設しますが、吉井さんは妻と子ども4人を置いて、単身東京で仕事を始めました。おそらく、自然豊かな土地で伸び伸びとお子さんを育てたかったのだと推測されます。

この豪邸は、眼下に河口湖があり、その向こうには富士山を望み、広大な敷地に建てられており、地元でも有名になっています。ところが、2012年2月24日に発売されたフライデーで眞鍋かをりさんとの熱愛をスクープされており、同時に奥様と離婚していたことも判明しました。

その後、2012年3月15日に発売された女性セブンでは、記者がA子さんに直撃取材しており、彼女は以下のように語っています。

「(交際については吉井から)新聞に載る前日に聞きました。“じゃあ、いつ出るの?”って聞いたら“明日スポーツ新聞とその次のフライデーだ”って。
周り からいわれる前に子供たちに話しておかないとって(笑)。フライデーを見たら、ゴミ捨てしてるんでびっくりしちゃった(笑)。あんまりそんなことする人 じゃなかったから」

出典:http://www.news-postseven.com/archives/20120302_91729.html

さらに、A子さんは元旦那と眞鍋かをりさんとの交際について以下のように話していました。

「本当に幸せになってほしいです。女性を幸せにしてあげてほしいですし、自分も苦しんでほしくないし、誰も泣かしてほしくないです。(眞鍋を)好きならばもっと慎重に、彼女の幸せを考えて行動してほしいです」
出典:http://www.news-postseven.com/archives/20120302_91729.html

というわけで、A子さんは、眞鍋かをりさんと元旦那との幸せを切に願っています。では、吉井さんとA子さんの離婚理由は何だったのでしょうか?

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吉井和哉とA子の離婚理由は…

まず、吉井さんの元妻は現在、先に紹介した山梨の大豪邸で暮らしており、吉井さんがA子さんと離婚する際に、生活に困らないよう彼女に残していたのです。二人が離婚する際に慰謝料はなく、吉井さんが養育費を払うことで成立しています。

吉井さんとA子さんが離婚された時期は公表されていないため、離婚理由が眞鍋かをりさんとの交際にあったのかは不明です。眞鍋さんと交際する前に離婚が成立していたのであれば、遠距離生活における夫婦間のすれ違いが原因であると考えられますが、眞鍋さんと交際後であれば不倫ということになります。

慰謝料が発生していないことから、離婚したのは眞鍋かをりさんと吉井さんが交際を開始する前だった可能性が高いでしょう。

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